2016
熊本県•津奈木町にて制作
2016
熊本県•津奈木町にて制作
2016
熊本県•津奈木町にて制作
京浜島での制作がなんとかおわりました 展示は来年です
津奈木滞在以上のフル回転で ほんとうにこんなに 一枚の絵のことだけ考えて暮らしたことはなかった というくらいだった
制作のはじめ ひらきまくっていた視野はいつのまにかせまくなり
しまいには自分の脳内に目玉がむいてしまっているくらいの一点集中
さまざまなことが(自分の内で)起こったけれど
今はもう へろんへろ〜ん 言葉にはまだ 浮かび上がってこない
しなくていい
とにかくわたしの絵もわたしも ずいぶん変化した
変化せざるを得ないなにかだった
もっとずっと 描いていたかった ひらめきがまだつづいていた
でも 時間は決まっている それも自分で選んだこと 自分の今の限界
来年から もっと 今思う こういうふうに描いていきたい を実現できるよう
自分をもっていく努力
今はその決意だけ
わたしは今もう お正月のことしか考えない
2ヶ月くらい アスリートのような暮らしをしていたので
そうそう だらけることもできない
すこしづつ ダウンをして からだとこころをお正月にむかわせまーす
そうそう そんな制作の合間 ぶじに津奈木での個展
「絵に成る暮らし」も終えることができました
嬉しいことに つなぎ美術館に常設される絵もあるし
展示の半分くらいは 津奈木町に残ることになりました
また それらの絵に津奈木で出逢えることを楽しみにしています
写真でどどっとふりかえります
とにかくチョロという地域猫との暮らしだった
最初の頃は 距離がある なついていなかった
ある日 膝にのる
だんだんこんな無防備になる
朝焼けを 島に向かうときが素晴らしかった
毎日通ったけど 飽きなかった 毎日おもしろかった路
焚火ができちゃう島
めずらしく 仲間 というか 大学の同級生みたいな関係性の中に混ざることができて なんだか 実際の学生時代以上に 美大生みたいな暮らしだった
うれしかった
鍋をしたりね
須田鉄工所の どこをとっても静かなせつなさに満ちた美しさよ
えざわさんの工場の美しさよ 雑然として
でも ぜんぶの鉄やものやゴミや光に温度があるかんじ
朝ひとりで眺めて ぼおっとする
トーリーがいるからか グラフィティアーティストの人とわりと出逢った
はなしを聞くうちに 自転車で走る道々にあるグラフィティが眼に入るようになる
「2」が宙に浮く
須田さんのフォークリフトさばきがかっこ良
みんなでパン食べたり
屋上が素晴らしい 羽田空港 飛行機
さっこが遊びに来たり (下にいるのはいとーさんとおのでらさん)
良い朝の通勤道
くふう名人のふじさきさんが 特製ライトタワーをつくってくれたり
雪がふって超絶さむかった日 チョロを足にはさんだりして
〜〜〜 あいまに津奈木 展示撤収 〜〜〜〜
みんなが持ち寄りパーティしてくれて もうお正月やこれ!さいごのさいごまで
美味しさという最高のきもちを届けてくれた婦人会のみなさま
到着した夜に石田さんがさっとだしてくれた鯛のあら汁がうますぎた
しみる〜〜ぅ
美術館の撤収をあらかた終えて つるのさん えなちゃん かいえんと
夏のあの海にきた
夏につくった ひろったものを 展示していたのだけど
それらを海にかえしにきた
でかい石とか ホースとか 叫びながら海にぶんなげた
大興奮
えなちゃんのチェキで撮った写真が滲んでて思い出感がすごい
わたしだけ30代だけど スラムダンクの仲間みたい
野崎しゃちょーに頼まれた色紙 生まれてはじめてちゃんとかけた色紙
このときのためにサイン考えた
つるのさんが わたしの津奈木滞在記ブログをすべてプリントアウトし
一冊の本にしてくれていた 紙の閉じ方といい 書体といい
昔の文献みたいなってる すごい なんだか感動した
石田家におさまった絵
夜の道のふたりのうしろすがたを描いた絵
つなぎ美術館のエントランスに常設されました!いつでもみることができます
会いにいけます
この絵が わたしをどんどん次へすすませている 自分でいうのもなんだけど
これは写真では伝わらない 実際みるとすごく良い絵です
ぜひつなぎ美術館へ
どどっと搬出して 再び京浜島へ つなぎでもらった干し柿吊るした
制作おえて 手作り餃子をお世話になった人々につくる
この会社が目の前にある
餃子つつむのだけは得意です ふじさきさんも手伝ってくれた
チョロがいつもいてくれた 猫と絵の制作は相性がいいみたい
お互い居心地がよかったね 長生きしてね
〜〜〜〜 オマケ 〜〜〜〜〜
制作がおわり まだあたまが回転する中 まず会ったのがヒサツネ
7時間くらいサイゼリアでお喋りした 笑った 笑った
その中でもりあがったのが 般若のはなし
これ良い
人間を喜怒哀楽の性質に分けるはなし そのマーク
ヒサツネが描いた「怒」が秀逸
有る日の東京 東京の夕方は摩訶不思議 奇想天外 ファンタジー
どんなことだって 起こってしまいそう
光も単純でない
でも それでもすべて 美しい
10月18、19日に津奈木中学校で美術の出前授業をやらせていただきました。
美術を教える、絵を教える というのはすごくむつかしいけれど
わたしが絵を描くことで どういう力を身につけていけているか
そういうことを考えて
「ものをみる」という力とそれに費やす時間 それが 筋力や国語の勉強の能力などと同じように 生きていく上ですごく大事で 「ものをみる」力によって タフに生きていける その可能性
それをみんなで一緒に経験できる時間にしようと思いました
結果 ほーーーんとにたのしかった うれしかった 初日の最初の時間は 焦り(授業50分てみじかすぎる!)もあったけど だんだんペースもつかんできて
どこが大事なポイントか どのようにそこへ生徒を導けるか
そういうことをすこしづつ やりながらわたしも学んで
なんやかや 自分が一番 いろんな経験や学びをしたような気がします
ありがとうございました!
↓前日の夜から石田さんちに宿泊 実家に帰って来たみたい
風呂あがったら ビールとつまみが用意されてた!!
ひさしぶりに通った この高架 奥の高速道路がまたのびている
住んでいた家
美術館 夕方 窓から日が射していた 夏はなかった?と思う
日の角度が変わったかな
一日目の授業が終わった夜 婦人会のみんながごはん持ち寄ってくれた!
タチウオも久しぶりに食べた!つるのさんありがとう
みなで食べるひさびさごはん 美味しかった
あはは あはは って 笑った 呑んだ
山の稜線を下書き (下川さんと洋服しましまかぶりました)
起立 礼 おねがいします!! とか言われて。。そわそわ
題して「みんなの点が山に成る」 これは 滞在中の夜のワークショップ行ったものを中学生120人分にアレンジしたもの
まずは簡単に 「ものをみること」についてお話
近くから遠くへ 描くことで 経験していく
細かいことはそこそこに とにかく描いてみる わたしが
「緑の丸を6個!」「ハンバーグ型の丸を10個!」「お団子3セット!」など次々お題をだし まじめな中学生たちはせっせと とにかく画面をうめていく
近く、目の前のことに取り組む姿勢 集中力 素直さ 求められますね
なんだかよくわからないまま埋めた緑の画面 できあがった人から 裏にかいてある番号のところに 貼っていく
最初のクラスは3−2 ほらだんだん 山に成ってきましたよ
できたあ! このとき 目線が 遠くへ飛躍する 自分の描いた絵が 大きな山の一部になる
山のぼりをして 頂上についたときのような なんともいえない感覚
思わず歓声が沸く ただこれだけの経験 でも この「ものを見る ものを描く」
それを一緒に体験できた わたしは嬉しい
1〜3年まで 次々やります 毎回おなじことしても 飽きない!
面白い ひとつとして同じ物が無い 絵
山がふえてきました ワクワク!
一枚一枚寄ってみても良いし 遠くからみても良い
視点が ズームインズームアウトをくりかえす そのたびに
なにか心がうごく
全学年 できました! 空をぬる
完成〜〜〜 実物はもっともっと 良いんだよ
自分の眼でみると いろいろなところに眼が動いて 捉えて 引いて 寄って
この 画面埋めきらなかった 余白の多いかんじもまた 中学生の のびしろを感じました 山に さわやかな風がふきぬけるよう
授業はじめるまえは 言いたい言葉がたくさんあったけど
絵をみたら 一緒に絵をみたら それでいいや と思った
中学生に 言葉で伝える言葉にしてもらう のはまだまだ 大変 だけど 一緒に絵をみて
そんとき それで わたしの言いたかったことは 伝わっているなあ と
思った 最後は 絵をみながらすこし感想を言い合って
それで おしまい 絵のまえで中学生に会えてよかったです
美術の先生が壁に 生徒たちがつなぎ美術館に来てくれたときの様子を貼ってくれていた! ひとりひとりの 鑑賞シート ぜんぶよんだ うれしかった
改めて 絵を描くこと は 暮らすことだし みることだし 遊ぶことだし
はなすことだし 知ることだし ものごとの判断のひとつの指針だし
人と出会うことだし 人と自分をわけることだし なんだしかんだし
わたしにとっては あらゆるものが 絵に成る 絵と成すんだなあ
つなぎ美術館の展示は11月27日まで ひさしぶりに自分の絵みたら
すごく良かった笑! のびのび より素直に 一生懸命に 変なこだわりなく まっすぐ見つめている そういうものになっている気がします
そこからでてきた絵は わたしを次に進ませています
どうぞ 観に行ってくださいませ ませ!!
家から京浜島まで絵をかきに自転車で通っている
片道50分の旅 ぜんぜん長くない 路がおもしろすぎる
滞在制作ではないものの 去年の大原美術館 今年のつなぎ美術館でのレジデンスあたりから 絵を描きにいく その場所への 路 というものと自分の絵がとても関係してきている
路はすごい 行き帰りの路は
とてもたくさんのことをひとりで考えてひらめく時間だ
路には 過去も未来も同時にあるように思う そこを走っている間は
地層みたいに重なっていくつもの時間が同時にやってくる
京浜島までの路は わたしにとって特別な路だ
小学校までの記憶では 歩く路で常に町工場のなにかの機械の音がしていた
一階が工場で 二階が住居という建物がたくさんあって 多摩川沿いには大きな工場が並んでいた
今は大きなマンションや新築の一戸建てにほとんどとって変わったので なんとなくわすれていたけれど 京浜島へ向かう路には そういう景色がある
そこの一帯を通る時 記憶の底にあったような風景の感覚がチカチカッと身体を通り過ぎる
ここを知っている! という景色にも出逢う
自分の中の 過去から今がぐにゃあ〜っとかきまざるようなかんじ
たった去年の景色や 大昔の景色 新しい景色 近くを通っていたけど知らなかったいくつもの路
ぜんぶいっぺんに現れる
町工場の中を通り過ぎるとき 旧呑川緑地という かつての呑川跡を通っていく
かつての川 都市において 河は路
まだ通いだして数日だけれど 行き帰りがすごいたのしすぎる
都市は わたしの嫌いな 夕方と夜の境界のさみしすぎる時間帯を 人の灯りで照らしてくれる だれかがいるってことが ホッとする
その色
その時 すごく良い
帰り道 だれかとビール呑みたくなるのはこの時間
通勤通学の人たちの多さ みな 実はおなじ夕方やおなじ朝の中にいる
すれ違うだけでも 同じ風景の中にいる
人の灯りでできた街
夕方の商店街とか それぞれ家路につく姿とか
工場の灯り 羽田空港 飛行機 海(津奈木とはぜんぜんちがう)
なんか 思うことがたくさんある
それを絵にしていけたらいいな
生きる中で その路を通る一回生 どんな景色も 特別になる
写真 メモメモ
浜松町の貿易センタービルからみてみた景色 ぐるっとみれる
高すぎず良い
京浜島の つばさ公園 目の前はもう羽田空港 泳いでいけそう
人は住んでいない 警察来ない 路上駐車し放題 土日はゴーストタウン
<行き道>
京急線 すき
旧呑川緑地 川だった くねってる
海につきあたる
向こうは昭和島
トンネルやらもあってアドベンチャー
京浜島に渡る橋
となりは旋盤工場 まじかっこいい現場
地域猫も居る 寝てる
まじかっこいい 工場も働くおじさんも
一郎くんが遊びに来たり
自分でつくったお茶くれたり
ちょうど京浜島が高田純次の「じゅん散歩」にでるっていって近所の工場のおじさんたちと集まってテレビみたり
でてたり
トーリーもでてたり
ねこが絶妙な距離感で来たり します
<帰り道>
橋は立ちこぎでのぼる
富士山のシルエットとへんな雲
でかい月
夕方の京急線
津奈木からの連続で もう制作フルスロットル
毎日が楽しくて仕方ない
時間がない 時間がない ということはもう ぜんぶ時間泥棒のせいにした
そうしたら 楽になった
時間のために描いてるんじゃねえ!今 この路を通ること 描きにいくこと自体をやっとるんじゃ!
12月あたままで そんな暮らし
4ヶ月ぶりに東京に戻って来たばい
帰り道というのはいつも大事で みなに見送られて一人に戻った瞬間から
この4ヶ月で自分がどう変わったか 新しく何が見えて来るか 大事な部分はどう残っているか 色々分かる
それは言葉や思考でもわかるけど 主に眼で 眼が 景色を見る眼が洗われている
帰りのオレンジ鉄道からの景色はさいこうでした 半分宙に浮いているような
でもしっかり足元が確かめられるような 自分の内側をほぼ転写するような外の
綺麗な景色 きらきら光る海 木々 家 道 コンクリート 田んぼ
自分で描いた絵に自分の眼が異化されている
でもそれはすべて もともと外にあった
滞在中浮かんだ言葉のひとつに
「眼に見えている全てが理想 それを絵にする遅さが現実」というのがあって
その 遅さ もどかしさにずいぶん頭を悩まされたけど
もうその全ては既に外にいつもあるんだ というのは とてもホッとする
でも それでも自分で絵にするんだけど したいんだけど
ともかく 羽田空港に降り立って 馴染みの駅まで行った時 津奈木町からしたら考えられないくらいの人間が片時もとまらず でもスイスイと 互いにぶつからずに高速でお互いを認識して それぞれの道をスクランブルしている中へ
一瞬で自分も飛び込んだ そんで スイスイ動いた
そのことにとても感動した
ひとつのまちからでると いつも東京に帰ってくる訳だけど
そうすると やっぱり此処も面白いしすごいし理想がある と思う
年末までは 次の絵にもうとりかかって完成させなければならない
今度のフィールドは 家 大田区 羽田 京浜島
私の生まれた土地 小学校の途中までしかいなかったけど 大学で戻ってからはもうずっと住んでいるこの場所を 改めて また絵をかきながら発見していこうと思う アトリエになる京浜島まで下見に行った時 東京と言えどぜんぜんこれまで知らない大地のかんじ でも 生まれた場所の 町工場の雰囲気や音が懐かしいかんじもあって すごくドキドキした
モノレールからみる東京の羽田地域は 未来都市みたい
でもそこにもやっぱり人が居て なんかつくってる わたしにとっては想像もできないものをつくったり 運んだりしている
毎日また 家から京浜島まで自転車1時間の旅! 脚力つけるぞママチャリだけど
津奈木滞在記は一応完だけど 今月は津奈木中学校に美術の授業をしにいくし
撤収もいくし 終わる感じは無い それでも一区切り
お世話になったみなさま まだまだお元気で
見に来てくれたみなさまありがとう!会えてよかった
まだ展示やってます!ぜひ!
ありがとうございました !
まちの人 そとからの人 一緒に会えてうれしかった
わたしの主治医!スーパー治療家目指しているごみふみ
受験生なのにきてくれてありがとう 風邪治してくれてありがとう すごい効く
カイエンとも会えた もう絵が無い海 私のだった海
可愛い
顔だよ〜
口はリアル入れ歯だよ〜
念願の!!蜂楽饅頭のコバルトミルクをお店で食べた もう思い残すこと無い
鹿児島からなぎちゃん 笑顔がピカー
つるのさん作タチウオ 字がきれい
ピカピカのタチウオ もうしばらく食べれませんな
最後の婦人会ごはん ほんとうに 心から 何よりも美味しかったこの時間
人が来ると 恥ずかしいから監視カメラでみてました
元気でねクロ
午後3時はおやつ 最後のおやつ時間
一緒に絵をみて
お見送りありがとう!!!!!!!!!!!
楠本さんが手を振る
振る
まだ振る 楠本さんと出逢ったおかげで津奈木にこれました
ありがとう まだまだこれからも
オレンジ鉄道は 良い電車だよ
この景色がわたしの新しい視点 このまちで獲得した新しい自分の
ものをみる目線
ありがとうございました
つなぎ美術館での個展がはじまりました!
4ヶ月間滞在して制作した新作を展示しています
熊本市内から2時間くらいで来られます
ぜひお越し下さい
幸田千依 絵に成る暮らし アーティスト・イン・レジデンスつなぎ2016幸田千依 絵に成る暮らし アーティスト・イン・レジデンスつなぎ20161983年、東京都に生まれた幸田千依は長崎での生活を経て美大進学を機に再び東京で暮らし始めました。現在は国内外のレジデンスプログラムに参加し、公開制作や街中での展示など周囲と積極的に係る幸田ならではの制作スタイルを築きつつあります。今年5月からは「アーティスト・イン・レジデンスつなぎ2016」の招聘作家として約4か月間津奈木町で暮らしながら制作に臨みました。この滞在制作の成果を披露する本展では約20点の新作を展示します。 会 期 9月17日(土曜日)~11月27日(日曜日) 観覧料 一般300円、高・大生200円、小・中生100円 会 場 1階、3階展示室 主 催 つなぎ美術館 助 成 (公財)水俣・芦北地域振興財団 |
http://www.town.tsunagi.lg.jp/Museum/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=3&type=top&id=1441
9月17日(土)より無事に展覧会はじまりました!
ぎりぎりまでやっぱり描いていた もっと描いていたかったけども
18日には後小路雅広さんとの記念対談もありました
聴きに来てくださったみなさまありがとうございました
滞在のこと 思い出していくとつい 溢るる思いがでてしまいますね
涙はこぼさず堪えましたが きもちをまとめるのはまだ先になりそうだ
展示は11月27日(日)までです どうか 沢山の方にみてもらえますように
わたしは30日まで津奈木におり その後東京へ帰ります
後少しの津奈木生活 いろんな人に感謝を伝えにいってきます
搬入からオープンまで振り返り
公開制作していたでかい絵を運びます はじめは一枚の白い壁みたいだったやつ
場所が変わると 色も 印象も変わるなあ
からっぽ!
合間にかかし祭りみたり(滞在初旬に来ていた水本監督カムバック!)
展示のぎりぎりまで最後の絵を描いた 3階の展示はずいぶんセンチメンタル
展示初日 沢山の お世話になったみんなが来てくれた
写真は大家さん夫妻
エナちゃんカイエン一家も 絵の中に君たちがいるよ
沢山いるよ
色紙にサインって初めてかいた 描いているのは間違ったタチウオ
きてくれてありがとう 展示ぶじ案内できてほっとした
一緒にモノレールのって遊んだ
もう絵にはしないけど 忘れないよ この時間
海の仲間 さいとうさんも登場 こどもらがすっかり懐いていた
健生くんの父母も見に来てくれた お酒とお菓子ありがとう!
展示初日の夜はひさしぶりに石田さんちで晩ご飯頂く やっと ほっと 一杯
18日の記念対談 遠方からも見知った顔 うれしいなあ
夜は地元のみな 遠方の私の友達 混ざって呑んだ
ほんと 絵の個展すると
色々な時に出逢った人たちが展示会場で交差するから面白い 嬉しい眺め
結婚式とかって そういうかんじなんでしょうね
19日は ひっっっっさしぶりに津奈木をでて 皆で霧島アートの森で展覧会をやっていたえり菜ちゃんのところへ行った
この世界に津奈木以外の場所があることを忘れていた!というかんじで
車からの景色 温泉 食べ物 などなど 新鮮に感じた
世界は広い 自分の眼で見ないとすぐ忘れちゃう
わたがしつくってくれるえり菜ちゃん
夜は ダロープ亭という焼肉屋へ すごいでしょうこれ 思わずエーッ!て言った
もう肉はあと一年いいわ
このあと満腹でキュウキュウ言いながら 林田さんちに遊びにいって
更にエビやイカや魚を振る舞われる
肉と魚のオンパレード
遊びに遊んだ日だった もういま あたまからっぽ!おなかはパンパン!
道路から見える展覧会のバナー 写真も入って みるたび嬉しい
逆はちがう写真
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
展示が はじまったんだね
絵が もう自分から遠いところにいるよ 巣立っているよ
もうあとは 見る人の自由だね
絵と鑑賞者の 良い出会いの瞬間が一つでもありますように
このひろすぎる世界の 長過ぎる時間の中で ある一瞬でも
私の放った信号と だれかの生きる波長が合うタイミングがありますように
バシッ ストライーク!ってなるかもしれない わたしも知り得ない奇跡が絵のまえで起こりますように
今じゃなくても 30年後でも 絵がのこるかぎりにおいて
今も気持ちは 絵を置いていくようでいて
絵に背中を押されて次にいくようでもある
きもちがすこしづつ 自然と無理なく離れていく 津奈木の全部から
さみしい を 感謝に変えて
おなじ時間の中にいるうちは なにかを伝えたり伝えられたりしながら
失敗しても 恥ずかしくなっても プライドが崩れても
まだおなじ時間の中にいるうちは 放っていこうと思う
真剣に描いた絵のように ぜんぶに対してそうしていきたい できるかぎりはね
必死
とにかくここまでのまとめ 写真整理
言葉の海 Yeah 展示まもなくまだおわりなく
台風の前はいつもと風が違い ざわめく ドラマチックだ 毎日空をみる
だから こういうときのワクワク感は人一倍
ずっと雨も台風もなかったが はじめて絵をとりはずした
しかし 台風はぜ〜〜〜〜んぜんなんもなかった 外し損!
台風の夜 かわいそうだからクロを念のため家にあげていたが こんなくつろぎ
追い込み追い込みで眼がギラギラしてきたころ 下川さんからコバルトの差し入れ! いつもいいタイミングで買って来てくれて わたしはほんとうに嬉しい
展示が無事に明けたらやりたいこと
1、いやになるくらい寝る
2、コバルトアイスを食べに水俣までいく
このふたつのみ!!!
自転車乗ってたら突如ビーサンがこわれる こわれたビーサンはただの板
応急処置で包帯を巻いた けがじゃないよ 痛くないよ 痛々しいけど
次の日早速アマゾンでビーサン買う 便利世の中
海にくることが至福 終わりがみえているからじゃない
今 この瞬間自体を最高に生ききることができる
4ヶ月美術館で公開制作していた絵には蜘蛛が住んで
モノレールが改修工事に入り
海から帰る道は つるのさんの船灯り
婦人会の人に食べさせてもらいつづけて四ヶ月
こんな贅沢はもうないんじゃないか 外食に魅力を感じなくなるくらい
やはり母の料理は美味い すごい
お母さんたちは お母さんのプロフェッショナル 生きる中で磨かれた術をもっているんだ
わたしは今度自分のお母さんに会ったら ごはんつくってくれてありがとうと言う
なんかヘニョて曲がってる夕日の帯
最近海の仲間たちのあいだで水切りが流行っている
丸い石が無限にあるから 無限にあそべる
流木に石を当てろ!ゲーム 当たらないんだなこれが
福嶋さくらちゃんの展覧会をつなぎ美術館でやっていたんだけど
作品がとても良く
ずっとみて ゆらゆらしていられるような絵
最終日に写真を撮った 別府のはなしとかできて嬉しかった
いったんもめんじゃん
婦人会のみなと食べる昼食もあと数えるばかり
みな 寂しさ すこしづつかんじながら 美味しいものを食べさしてくれる
この時間 海での仲間 時間と同じくらい わたしを新しくした
たまにお昼寝しにくる石田さん コロン
いつもそこに居たね 鳥
海で絵を描く最後の日 襟を正し 道をしゃんと走り いつもより早く海につく途中 上から除いたら もう仲間たちが居た
うれしい
この日はもう 絵は描かなかった
なんだかへんてこな仲間が 一夏だけ同じ時間の中に居たんだね
わたしは海からの帰り道 たくさんのことを想っていたけど
海での時間でひしひしと想っていた一番大きいことはたぶん
人と人は 交差する そのとき 信号(シグナル)を交換する ということ
帰り道 自転車で2秒ぐらいすれ違い こんばんわといつも挨拶する誰かとも
海でだけ会って 会話もほとんどしないけど 同じ夕日の中にいた斎藤さんとも
何考えているか 新しすぎてほんとうはよくわからない 20歳くらい年の違う小学生とも
私が描いている海の上に船でぷかぷか一人浮かんでいるつるのさんとも
会話や共同作業がなくとも 一瞬でも20年の付き合いでも
その交差する瞬間に もう十分ななにかが起きている
海にいくとき いるとき 描いている時
いつもは渦中にいると意識しにくい 「今の信号」を 受け取ったり出したりしていると よくわかって
答えとか もっと とか 求める気持ちはあるけれど
信号自体を 見ることができる
今がどんどん変わっていくことや 過ぎ去っていくことが寂しいけれど
それを超えた時間感覚になる
帰りの夜道 わたしはひとりぼっちで 軽くて自転車ごとETみたいに浮けそうと思う でも浮けない 体重が有るから
体重があるから浮けなくて嬉しい みたいな
まあ ちょっと変な人と思われるような感覚になる(言葉では到底むりむり!)
この実感は からだが重くなったり 人間のなにかにからめとられそうになったり
目の前の不幸しか見えなくなったり これからくるかもしれない困難とか
いやー まあ 困難というか 最終的にみんな死ぬこととか
そういうことにきちんと誠実に向かい合って生ききれるよう よく覚えておくことにする
こういう気持ちのとき もはや画家であるとか 絵を描くことも 必死でしがみつく必要がなくなる
生きることと 描くことが 年々=になっていく
ニアイコールかなあ
で 今
や〜〜っぱりぎりぎりのぎりぎりまで 終わるか終わらないか 瀬戸際にいます
でも苦しくはなく いつまでも描いていたい という想いは かなわないと知っているけど だから安心して 瀬戸際でがんばれるのだろうねえ
いやほんと げっそり 焦り でも無限の楽しさ 今を 今の信号をチカチカ
猫ってぜったい踏むよね 作業していると
こぼれおちていく 絵に成りすぎる暮らしのあれこれを
とにかく時間の許すかぎり 大真面目に必死で拾っていく
なにか落としたと思っても悔やんでいる暇もないくらい 真剣に
展示は17日から!