「絵に成る暮らし」はじめます (つなぎ美術館レジデンス)

五月ですね

一年で一番爽快な気分になれる季節 なんだかずいぶん長くぼんやりしていたような気がしますが そろそろ旅にでます

エネルギーが 満ち満ち過ぎてそろそろ限界です

最近 ごみふみ&かめくんによる からだのメンテナンスを定期的にやってもらうことに決めました 一生自分の身体を 自分できちんと見つめてゆく

自分で気づいて 自分で治していけるあたらしい健康 それをふつうのことにして 生きてゆきます 長くていねいにつかえるように

こないだわたしがあたまがパンパンで 旅のまえの熱量がぜんぶ脳みそにいってしまっているときに なんかツボに針を刺したら風穴が通って身体に風がふきぬけた! ほんとうにびっくり

今はおちついて 旅がたのしみだ

熊本の西の海沿い 不知火海をのぞむ 津奈木町という小さなまちにある

町営の!つなぎ美術館というところにお世話になります

地震の直接的な被害はなかったようだけど まだまだビリビリ アンテナをはって

(マイ防災リュックつくりました)

家を一軒借りまして 住みます

今決めていることは 海をみながら絵を描く 夏は泳ぐ

美術館の館内で公開制作もする

夜のワークショップというのがあって 津奈木町の人たちと 夜な夜な遊ぶ

タイトルは「夜灯(よあかり)」

土地のものがたり へんなはなし 不思議なはなし 住んでる人のこと 色々知ったり みなで話したりできたらいいなと思います

 

去年大原美術館で絵を描いた後 からっぽ!になったので 今はあまりなにも決めず 暮らしてゆくことから 絵に成るものを拾い上げ

「絵に成る暮らし」をつくりあげることをやってみたいと思います

いってきま〜す

http://www.town.tsunagi.lg.jp/Museum/default.aspx

メモ

あっ もう2016年だ
せっかくホームページがあたらしくなったから これからはブログをかこうと思っていたけど 滞在制作してないとぜんぜんできないな

でも 移動していない分 絵をガンガン描いていない分
パンクするほど言葉がつまってる
年末から物理と数学に興味を持ち始めてしまった
眼から鱗が…!なんといっても 眼に見えない世界

原子の世界とか!あたまがねじれるけど 見えないものを想像するためのあたらしい頭のねじれに興奮するー

数学は芸術に近い気がした 観念的にはよくわかる気がした

どちらもまだただの知識 でもそれが 新しい目線になっていくといい

そろそろ 手を動かさないと やりたいことは山積み

 

●年明けに 寿町 しんちゃんとこいって しんちゃんもテレビデビューした
アーサーさんの番組いっしょに見た よかった よい瞬間だった

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もらったゆでたまごを持っているのはいいんだけど わたしの顔がゆでたまごみたいで怖い

帰りに まえちゃん死んだよ と聞く 信じられない まだ実は信じてない

寿町では 死も風のひと吹きみたい 追いかけたくても追いかけられない

 

 

●年明け 中山のお墓参りにプール仲間といく 今年一番しびれるいい時間だった

 

●大原美術館のすごさにしょっちゅう感心している あらゆる面において

この写真は野球好きに自慢した

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●矢口麻雀倶楽部というサークルに所属している 去年の大会で最下位の称号

「チョン子さん」になってしまったのだけど 年明けの大会で「幸田プロ」に昇格できた うれしい 「雀鬼」に返り咲きたい

 

●人になにか(エネルギー)をあげたり 多い人からもらってよろこんだりしたい

 

運動して あらゆるものを交換したい

 

●描く絵が劇的に変わる予感の2016年…!

 

土地巡りメモ

夏の倉敷 別府の滞在のあと

9月 甲府へ

「縁故節」は だれのものでもなく だれでもなにかで参加できるもので

とにかく やれば楽しい なにか各々の目線から感じ取ることができる

「縁故節」は「芸術」くらいぼんやりしている さまざまである

でもだからこそ それを中心に 輪になって踊ることができるんだ

去年の自分と 今年の自分を 歌詞で比較するまでもなく さまざまあった

今まであんまり持ち合わせていなかった感情を 今はもっている

ひとつひとつ言い出すと 矛盾に満ちた でも すべてほんとうの 気持ち

歌詞にする 音律の決まったものにするとき 大事なことばに凝縮される

言葉を歌にすることが こんなに好きになるとは思わなかった

「縁故節」のおかげだ 来年も 再来年も 歌詞がつくれますように

今年の私の歌詞

この胸に沸く この胸に沸く 想いのかたちを

山で静かに 人(街)と楽しくナ 踊り伝えよ ションガイネ

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甲府の後 しばらく ただ寝たり起きたり スッカラカンにしてた

久しぶりにプールの監視員する さいこう !

身体動かしたい 泳ぐと あたまが静かになる 整理できる

 

用事があって 本当に久しぶりに 横浜•寿町へ ドヤドヤ

会いにいったしんちゃんが ドヤ引き払っていて消息不明

いろんな人に聞いたが濁される 諦めかけた時 4年前 ドヤガールで滞在していたころに出逢った まえちゃんに偶然会う あの当時はセンターで寝起きしていて

もっとぐにゃぐにゃしていたのに なんかとても元気で しゃきっとしていて あいかわらず常に酔ってはいるが とにかくめちゃくちゃカッコいい

そしたら偶然 しんちゃんにも再会した 新しく引っ越したドヤにいったら

私が放った しんちゃんに描いた絵がちゃんとあった うれしかった

昼の三時くらいから一緒に呑んで あっというまにその場が寿劇場に

いやほんと 面白い たくさんの生きて来た濃密な時間を 全身 言葉 顔で表現している人たち 過去のことはなにもわからないし もはやいちいち人に言うでもないけれど その過去が 今をかたちづくって そっからわかるのは

みんなとにかく 本当に優しいということ

人間はそんな簡単に折れたりはしない それどころか 優しくなっていける

私はまだまだ 自分のことで悩んだり 自分のはなしをしたりする

それはとても幸運なことなんだ

でも もはや自分のことなどなにも言わない寿町のみんなと話すのは

今 この時間の共有と 人に優しくすることの ほんとうの大切さみたいなもの

言葉では簡単に聴こえて恥ずかしいことが 寿町にくると 胸に響く

そうすると いろいろなことがかき乱されて いつも帰り道 泣きそうになってしまう

それからちょくちょくいく 寿町

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まえちゃんの歌う 吉幾三「雪国」よかった

 

10月おわり

別府で 笑平くんの紹介で出逢った つなぎ美術館の楠本さん

その晩はなしをして 津奈木町に行ってみたいなーと思っていた

よし 行こう と思って 福岡まで行って 笑平くんの軽トラで九州縦断

熊本県 津奈木町まで行って来た

熊本って長いんだなー 水俣のすぐ近く 不知火海 目の前には天草がすぐ

(その先は長崎だ!)

まったくの新しい土地 人 暮らし 呑んだり食ったりしながら ぜんぶ吸収

倉敷での滞在のあと この7年のウロウロ生活の たまっていたものも含め

スッカラカンになったかんじがあって 透明人間みたいなかんじだったんだけど

甲府 寿町 そして新しい 津奈木町

結局なんども 人に出会っては こころが揺れ動いて 循環しだす

すこしづつ 欲 というのか こうしたい ああしたい

こころが動き出すのをかんじる

あたまが 自分の中だけで 留まっていたものが 外へあふれだす

自分の器に エネルギーのようなものが 入って でてく

人を通して

わたしのエネルギー論 すこし更新

すると 一人でものをみる時間も 活性化されていって

夜の外灯 ひとつみるだけでも これまでと違う考え方で なにか思う

倉敷で 自然の光で絵を描くことの良さ 電気の不自然さを思って

電気の下で描けなくなるんじゃないかと思ったけれど

電気が悪いわけでも 嫌いでもない

夜の光は 人間みたい 不完全な光 なにかの色だけつよい光

大きさ 光の色 さまざまな 都会の光 すきだ だいすきだ

でっかく完璧な太陽とはちがう 不完全さが 愛おしい

夜のさみしさの中を ひとつひとつの不完全な灯りがまたたくのが良い

そういうこと 東京と 地方と さまざま 場所を移動すると思う

そして こういうことは これまで何度も何度も思っては 忘れてる

すーぐ忘れる でも ハッとまた思い出した時 そこに新しい考え方 肯定の仕方も加わっている 同じ物をみるのでも

どんな場所にいても 眼を新鮮に保つ そうすれば 見えてくるものがある

そのための努力を惜しまない

絵を描くことが 一番 その要にある

でも その 「絵」「芸術」のようなぼんやりしたもののまわりにくっついてくるぜんぶとの関係性の中で あるんだ

 

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倉敷滞在記15(完)

倉敷から東京に戻ってきました

今でも朝起きるとたまに 倉敷で住んでいた部屋じゃないことにハッとしたりします

明日からは別府に行ってきます

今のうちに言葉にしておこう 思い出してみよう 長いですよ

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慣れ親しんだ自然光のアトリエを撤収  トラックに積み込まれた作品

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翌日 絵が美術館に 今回は30号のキャンバスを20枚連ねてひとつの作品にしました 微妙な調整 たいへんな設営作業 日通さんが頼もしい

 

アトリエでは こんなふうに制作していました

1

大きな 全体をみる視点の絵  でも 絵を描く行為は目の前の一筆から

2

一枚一枚目の前に引き寄せて描いては 全体と合わせていく作業

3

一枚一枚が 部分でもあるし 一枚の絵としても成立するように

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毎日の暮らし 朝起きてご飯を食べ アトリエまでの道を自転車で走って こつこつとしか進めることができない絵を描いて 家に帰るの繰り返し

近くにいる人との会話 出会い たまに遠くにいる人との会話 ラジオから届くだれかの日常 だれかの非日常 うねりのエネルギー 大きな問題 些細な悩み

小さくこころ奮える瞬間 毎日の感動 たまにある劇的な変化

絵がうまくいかないときのどうしようもできない気持ち

ひとりで寂しいとき

人とはなしてこころが広がるとき

人とはなして余計寂しくなるとき

みんながばらばらに生きていてさみしいとき

ばらばらに生きているから嬉しいとき

なんでこんなにも 瞬間瞬間 自分の目線 景色 風 人 いろいろなものの影響で 伸びたり縮んだりするんだろう

これはこうだ!と思った瞬間にちがうものに変わっていく今

その全体と そのひとつひとつを永遠に留めたい

たくさんの人間と その人間が動いて起こしたたくさんの波 ある一瞬

0.1秒後にはもう変わってしまうその瞬間を 3ヶ月という時間をかけて描きました

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あるものが目の前にあらわれるとき その後ろに果てしない「これまで」があること

ひとりの人間に出逢う その人の今の印象や言葉の裏にも 果てしない「これまで」があったこと

そのある一瞬に 出会う すごいすごい

でもそれはすぐに「これまで」 になってしまうから なにもかも追い続けるなんて無理だ

でも そのある一瞬には ぜんぶがある

絵は それをこころゆくまで みていける

でも 絵がみるたびにその印象を変えたり 新しい発見があったりするのは

絵が変わったのではなくて 自分の目線が瞬間瞬間変わっているからで

絵はそれを映す

そういう絵を描きたかったです

無数の とるにたらない 言葉にして表現もされないような心の揺れや 毎日の 矛盾だらけのさまざまな想い

それは ぜんぶほんとうで ぜんぶあったこと

ダイヤモンドがきらきらと輝いてその印象が固定されないのは そのカット面が 外の世界のさまざまなものを色々な角度から反射するから

人の目線が一ミリ動けば 別の面がきらりと輝く

遠く離れればそれは ダイヤモンドだね とわかるけれど

近づくとそれは もうなにをみているんだかわからない けど その両方の認識はこころになにかを呼び起こす

絵は平面だけれども 私は多面体のようなものをイメージしていました

波のでこぼこが 人のでこぼこが 光を反射する

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今回の絵の中に 光 と思うような 面で描いた白っぽい部分がある

絵を描いているうちに 人間も波も そこに吸い込まれるか もしくはそこから湧き出るか そういうふうに見えてきた

ただのしろっぽい面 塗ってある面

ここが未だに謎なんです 光なのか穴なのか なんなんだ

うーん よく考えてみます

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美術館に絵が飾られたとき アトリエでの絵とはぜんぜん違って見えて少しショックだった

もう違ってしまっている!

眼が 光が 状況が 少し変わっただけでもうこんなに

良いのか悪いのか 判断がむつかしかった

それで 展示のライティングをするときに どうしても絵のイメージを アトリエでみたときのかんじに近づけようとしてしまっていた

今美術館にある絵が ぜんぜん違う人みたいになっていたから

わたしが知っていて 好きで 慣れ親しんでいたころになんとか近づけようと

でも途中で気づいて

アトリエで刻々と絵にあたる光が変わっていくことに最初は描きにくさ 戸惑いがあったけど そうやって変わっていくという状況を最後は受け入れて それが自然で それが美しいと思えるようになっていて

一瞬の移り変わりに気づいたり それに会わせて自分のきもちも変化させたりできるんだと 思ったんだった

つまり 美術館というこれまでとはもうぜんぜん違う場所にきて 絵は

そりゃそうだ 変わるんだ

あたらしい見え方 あたらしい光 それにドキドキしながら それを受け入れようと思った

美術館の中で唯一自然光の入る展示室に飾られた絵は ここでも一日 天気の変化で絵の色も変わる

その「変わっていくこと」という状況はアトリエと同じであるということがうれしかった 絵をみる人は 様々な場所から さまざまな気持ちで 数々の名画をみたあとに このわたしの絵にたどり着く

そこまでの 千差万別の人の気持ちと 絵が そのときの光で出会う 瞬間

「絵と眼が合う(逢う)」

わたしはこの絵が大原美術館に展示されている期間 そのことを想像して

めちゃくちゃうれしいです

ああ うれしくなってきた

でもなんかさみしい なんだ

柳沢さんが書いてくれたキャプションの文章に

「今という時への思慕」 という言葉があったけれど

思慕 という思いはたしかに近い 思うという行為の中に 嬉しいもあるけれど寂しいもある

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一瞬の絵を描いたけれど 一筆一筆は「今」の無数の重なりで

絵は 過去にはならない と思った

そこに今のまま 永遠に定着すると思った

それが 美術館という状況に置かれることで なおさらその「これまで」と「これから」が くっきり意識された

大原美術館の「これまで」を知ることができた そこに連なる「今」の人達に出逢うことができた

その中にわたしの絵が「今」有る

そしてその場所で いろいろな人の眼と絵が出逢う瞬間があるかもしれない という「これから」

その全体を 絵に想う 想っています

それはやっぱり とても勇気の湧くことです !

 

おしまい

 

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ありがとうございました!!!

 

 

 

 

 

倉敷滞在記14

一首できました

田んぼ道 積んだ時間の目に見えて たわわな収穫 己に重ぬる

 

 

 

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柳沢家の食卓におじゃました こういうの食べたかった!っていう 栄養満点の晩餐につい食べ過ぎた 出されるものすべて美味しくすべて食べた

家族のごはんっていいですね テレビにコメントしたりして

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雲の箸置き と 犬 ふふ 可愛い

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アトリエの近くにある 青江神社に行ってみた

参道の途中に水路と線路がある

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境内の裏に 陶器でできた家がいっぱいあった 石の家とか

こういう小さい神様 小さい祈りに惹かれる

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わー 見晴らし

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ヒーこわい!

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3ヶ月ほぼ毎日食べ続けたカレーよ 制作最後の朝撮影

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そして、

 

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完成です!明日アトリエ撤収!展示は15日から!

 

倉敷滞在記13

今朝 晴れた道をきょろきょろ 水路や稲をみながら自転車で走っていた時

視界が一段階あかるくなるような 脳みそのスペースがひとまわり拡張するような

なつかしい けど めったにない 小学生とか もっとまえにみた景色をみるような まあとにかく 言葉ではまったく言えない感覚にビビビーンとなった

とくに 浅く 水が少なくなっている透明の水路にさかさか泳ぐ小魚をみたとき

なんかすごいかんじが 全身 しみわたった

ああ 不毛 言葉で言えない

滞在制作をしていると 制作の終わりがた こういう なんというか

これでよし!みたいな ぜんぶを肯定するような瞬間がよくある

今回の滞在でも 何度か それに似たかんじになっていたけど

今朝 うわーこれでよし! が来たような気がする

そういうとき ずっとそこに留まりたいようなきもちになるけど なかなかそれを維持することはむづかしい そして そういう これでよし!の瞬間にはいつも

だれかとそれを共有したい となりにだれかがいて 同じような景色をみていればいいのに と切望する感覚と そんなことは無理なんだな という 切なさみたいなものが同時にやってくる

だから作品をかくのだ 結局 みたいなところに落ち着いて現実に戻る 戻らざるを得ない

わたしの今回の作品は この これでよし!を 何割くらい表現できただろう

現実 現実

絵は着実にできあがってきている それとともに いろんなものとの距離も変わりつつ有る

あと一週間

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はしもさんが遊びにきてくれて はしもさんのお母さんが手作りパンをくれた

一個一個 きもちかんじる美味しさ ありがとう

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でた!

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蛍の会 武内さんと 帰りがけにたまに話す はちみつをもらった

みつばちを飼っているんだって! すごく美味しい 栄養分しか感じない

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ぜんぶの稲が ひとつひとつ 見える 気がした

 

 

倉敷滞在記12

先週末 最後の夏休み チルドレンズ•アート•ミュージアム(略してチルミュ) おもいっきり楽しみました

美術館の中でたくさんのこどもおとなが 美術品を前に自分たちも表現を謳歌していました わたしも 毎日絵をかいているにも関わらず それとはまたちがう

目の前のことにただただ眼と手と触覚をつかって没頭するという行為にもう夢中

いろいろ体験したあとは ふだん描く絵の作業とはちがい あたまが軽く 眼がすこやかになるような体験

美術館の中を目隠しであるいたり 寝転んだり その感触のちがいをたのしむなどのプログラムは ただのホワイトキューブではない 大原美術館の建物そのものの面白さを実感できて唯一無二!

ふっふっふ

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「木をきる人」になりきる

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わたしがつくった 宿命の女だらけの団扇 ピカソがいいかんじでしょ

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中庭の睡蓮を描いて それをモネの睡蓮の絵の前に飾るという偉業

わたしの絵 どれでしょう

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大人気企画 「カラダで感じる美術館」で素足で美術館ごろごろ

たくさんのこどもが抽選で参加を表明する中 最後の一人をじゃんけんで選ぶということになり 二人のこどもを差し置いて大人げなく勝ってしまった

負けたこどもは無言で帰っていった ごめん

 

楽しい週末のあとは テレビの取材で 詩人のアーサービナードさんと一日いろいろおはなしをした わたしの絵が 人目に触れた

たくさんのあたらしい思い 拡張

アーサーさんとみる大原美術館ツアー 超おもしろかった セザンヌの絵 マティスの絵など いろいろな絵について話す 聴く

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絵本もらった

 

それでもって 今日はマスコミ向けアトリエ公開

朝からカメラビデオマイクに囲まれた

アーサーさんが来たあたりから 絵と自分との距離が変わっていくのをかんじていた 人目に触れる なにか感想を言われる 聞かれる ほんとうにただそれだけで

自分の絵がなんというんだろう 少し遠ざかっていく気がする

でもあとひとふんばり 今こそ 細部をみるときだと思う

て!今たまたまテレビみてたら 自分がでてた 朝の自分が いた

絵が 電波にのって見えている 不思議な感覚だ

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なんだろう むずむずするー

 

のこりの暮らしをもう一度見つめ直すこと

一枚一枚の絵を見つめ直すこと

ぐるぐる循環して ひとつの作品になって大爆発とんでけー!

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倉敷滞在記11

昨日のことくらいしか思い出せない!

でも 一瞬一瞬の記憶は鮮明に有る

朝夕 たくさんの言葉のかけらが浮かぶ 書き付ける タイトルのことをうすぼんやり考えているのかもしれない でもまだ バチッとこない

 

明日はひさしぶりの一日お休みで 大原美術館の夏の一大イベント

チルドレンズ•アート•ミュージアムに遊びにいくんだ

なんだかもう 美術館がすごいことになっているらしいぞ

ザ•ラストオブ夏休み というかんじです ヒャー

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そうそう 倉敷に帰省していたセーコちゃんとトーコちゃんに会った

こどもの成長はやすぎる 横浜で出会ったのに 倉敷で再会する不思議

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完璧な光 朝

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取材できてくれた方が差し入れを!甘いもの!果物!栄養ドリンク!氷!

運動部の学生みたい

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倉敷滞在記10

お盆か

おしまいの鐘がもう遠くからうっすら聴こえます

行き帰りの道でなにより覚醒している

音 風景 風 いろいろなものがひとつひとつよくわかる けど 全体もわかる

みたいな万能感

毎日色々なことを考えて 理解して家に帰り着く

そうか!そうだ!とか いろいろなことを腑に落として すごく澄んだきもちになる

でも 家につくとばったり寝る

 

行き帰りの田んぼ道がだいすきすぎる

たまに 用事があってその道を通れない日があると がっかりする

毎日いろいろすごいことわかってるのに 今 思い出そうとすると 言葉にしようとすると ぜんぜんでてこない

 

甲子園をラジオでずっと聴いている

応援のブラスバンドが 試合の盛り上がりにあわせて細かく共鳴しているのがおもしろい そして ええ!そんな曲も!っていうのも演奏する

YMOとかも演奏する ご当地ソングもやる 長崎のときは 「でんでらりゅうば」をやっていた(変な歌)

 

夕方6時〜7時のあいだにいつも通る田んぼ道に 必ずその時間 椅子をだして外に座っているおじいさんが居る

夕焼けがきれいな日は夕日のほうを向いていて うすぐもりの日は目の前の田んぼをみている

それをみるといつもすごくうらやましくなる

わたしも毎日夕日や稲が気になっているけど なんか時間に追われていて 立ち止まるのは5分くらい

おじいさんはたぶん 一時間以上居る気がする

今 そうやってただものをみる時間があればいいのに と思う

けど 暇でゴロゴロしているときは 退屈な時間があるだけで 稲を一時間も見れないのだけど

ぶつぶつものを考えて過ごす

でも絵を描くときはもう 言葉ではなにも考えていないのです

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そう!この色!

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ブログにぜんぜん人間が登場していなかったが 撮れた このときは撮れた

えり菜ちゃんが帰省していてごはん食べた すんごい美味しいイタリアンを食べた

パンがおかわりし放題でパンを沢山食べた

辰野さんのリトグラフの絵があったから隣のお客さんに写真を撮ってもらった

えり菜ちゃんがとにかくとなりの客に話しかけていた

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お盆の日 酒津の盆踊りを観に行った たくさん人がいるんだなあ

お寺でみんながお経を大合唱していて 混ざってみたら なんだか魂がふわっとした

ビールのんで やきそば食べた 蛍の会の武内さんが売っていた

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盆踊りの帰り道 いつもは朝夕しか通らなかった田んぼ道を夜とおる

すごいすごい!昼間は見えなかった(聴こえなかった)ものがたくさん見えた

ぜんぜん違う 水の音が銭湯みたいに響いてる 暗くて目の前しか見えない道に

だれかが歩いてきたらいいのになと思ってた(お盆だから)

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倉敷滞在記9

八月

甲子園をラジオで聴く

ビアガーデンに行く こんなパラダイスみたことない ってくらいよい空間だ

美術館で監視などをやっているみなさまとおはなしをした

美術館に絵を観に行った時 ついつい声をかけてしまう なんかうれしい

「絵画の疎開」という 大原美術館の戦時中のことをテーマにした特番をみる

美術館も美術品も その時の人間の記憶をも持ち続けるんだなあ

アトリエでもくもくとひとり なにとも関係なく描いているように思うときも

天気や光 ラジオにさえ細かに揺さぶられている絵

それがまた 発表後にはもっとさまざまなものに影響されていくのはまったくそのとおりだなあ

時間がなくて焦る という感覚は よくわからない未来に対する漠然とした不安だけれども 毎日今この 描いている時間をうれしく思うという感覚が すこしづつだけれども 不安を追い越して沁みて来た それもまた 終わりが近いからこそ噛み締めることができるものなのかもしれないなあ

朝起きて絵を描きにいける時間が愛おしい

夕方に 後ろ髪を引かれながらアトリエを背にして帰る道は ちょうど夕日を背中から浴びて なんどもアトリエの方角を振り返っては 夕日の色の綺麗さに嬉しく寂しくなる

毎日毎日 繰り返しているのに 毎日嬉しく寂しい

今日は急遽 なぎちゃんが遊びに来てくれた 美術館を案内しながら歩く私は

大原美術館にある ピカソとか マティスとか セザンヌとか 信じられないくらい価値の有る作品を まるで自分の知っている人の絵のように親近感を持って話していました

大原美術館のことや そこにある作品のこと 歴史

自分の親戚のことのように 自分の生まれ育った街のように 話していました

恥ずかしい

でも なんかそれくらい近くに思う 自分でそのことにびっくりした

やれるかぎりやって 知るかぎり知っていくぞ

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桃をもらった 果物の至宝感すごい!

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積乱雲 縦にのびる

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ビアガーデン(ぼやけとる)

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